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2007年12月のエントリ
2007年12月28日 (金) 

2008年元旦朝9:05スタートのニューイヤー駅伝には、10名のエントリーメンバーより7名が出場します。

徳本一善
『やれることは全てやりました。本番で全力疾走するのみです。応援よろしくお願いします。』

諏訪利成
『任された仕事を責任もってやるだけです。』

大西雄三
『今、出せる力を精一杯出して走りたいです。』

板山学
『ニューイヤー駅伝では、チームのために自分の役割をしっかり果たしたいと思います。みんなが元気になれるように頑張りたいです。』

大島健太
『チームの優勝にベストを尽くしたいと思います。』

藤井周一
『走れる事に感謝して、それを走りで表現したいと思います。』

佐藤慎悟
『ニューイヤー駅伝では、積極的に走って区間3位以内を目指します。応援にきてくれる家族にも感謝して走りたいです。』

ガトゥニ・ゲディオン
『チームが優勝するために、全力で頑張ります。』

保科光作
『一生懸命がんばります。』

実井謙二郎
『今までやってきた事を全て出しきれるよう調整していきます。』

どうぞ応援してくださいますようお願い申し上げます。
2007年12月28日 (金) 
昨年の反省を踏まえて「リスクは絶対背負わない」その観点から今年は選手選考の柱として、
■年間通してトレーニングの安定
■精神面の強さ
この二点を重視しました。

「力負けは」仕方ないが「力が出せない」もどかしさ、惜しさを二度と味わいたくない、その思いが私の胸中を支配しています。

やり直しのきかない一発レース。今年こそは、ゲディオンを切り札に、主将徳本、大阪世界陸上選手権マラソン7位の諏訪などの力を結集し、目標を是非達成したいです。
2007年12月27日 (木) 
徳本一善
「カップヌードルミルクシーフードヌードル」と「日清のどん兵衛 肉うどん」です。

高見澤勝 
「日清焼きそばU.F.O」を飽きるまで食べ続けたいです。(飽きる前に満腹で食べれなくなりそうですが・・・)

大西雄三
試合前は「日清のどん兵衛」です。

藤井周一
ニューイヤー駅伝が終わったら「山頭火」のラーメンを食べたいですね。優勝して祝杯をあげた後に食べたいです。

梅野大地
「カップヌードル」をあの寒空の下で食べると美味しそうですね。

丸山敬三
駅伝の後に「日清デカ王豚キムチ醤油味」、次の日に「日清デカ王Wソース焼そば」をいただきたいです。

諏訪利成
試合後に食べたいのは、「日清具多」シリーズです。

大島健太
今は節制しているので、終わったらお腹いっぱい食べます。

保科光作
終わったら食べたいものは、「カップヌードルチリトマトヌードル」「カップヌードルキムチ」です。中学の頃、相澤くんと遊びに行っていたボーリングでよく食べていました。懐かしい思い出の味です。

佐藤慎悟
もちろん「日清焼きそばU.F.O」です(笑)!前に食べる事はないと思いますが終わったらマヨネーズでもかけて食べたいです。

松村拓希
「日清スポーツヌードル回復系」です。
2007年12月27日 (木) 
徳本一善
「日清焼きそばU.F.O」「カップヌードルシーフードヌードル」です。昔からよく食べていました。試合終わった後に食べると最高です!海外遠征は必ず持っていきます。

高見澤勝
一番好きなのは「カップヌードル」です。手軽に食べれて美味しい!この寒い時期には更に合うと思います。

大西雄三
よく食べるのは「カップヌードル」です。

藤井周一 
「カップヌードルきのこバター醤油風味」が美味しかったです。期間限定だったことと、あまりの美味しさに買いだめしてしまいました。(笑)

梅野大地
「チキンラーメン」です。早くて安くて美味しいから!!

丸山敬三
「シーフードヌードル」です。父はラ王の生タイプめんに衝撃を受けて、しょっちゅう買ってきていました。

実井謙二郎
「カップヌードル」「カップヌードルカレー」「カップヌードルシーフードヌードル」と「日清焼そばU.F.O.」です。小学校の頃、家に置いてあることが多かったような気がします。小腹が空いた時にお湯を沸かしてよく食べていました。

諏訪利成
「カップヌードル欧風チーズカレー」と「日清具多」シリーズです。

大島健太
「カップヌードルシーフード」と最近発売された「カップヌードルミルクシーフードヌードル」が好きです。

保科光作
よく食べるのは、「日清焼そばU.F.O.」です。UFOをタマゴサンドにはさんで、UFOタマゴサンドにすると、この世のものとは思えないほどの美味しさです。皆さんも1度試してみてください。是非商品化してほしいです。

佐藤慎悟
もちろん「日清焼きそばU.F.O」です。焼きそばが好きというのもありますが、小さい頃からずっと食べていて馴染みのある味なので!それとデーブ・スペクターが出ていた時のCMがとてもユニークだったので頭に残っています。

松村拓希
「カップヌードル欧風チーズカレー」です。
2007年12月26日 (水) 
8月25日、地元大阪開催の世界陸上で全力を尽くした諏訪は、虚脱感があったと思います。レース後2週間目から疲れが出ました。彼の気持ちはよく分かります。

私は休みなく北海道マラソンの合宿に合流しました。次から次へと大会があり、チームの目標、個人の目標があるので、幸いにも考え込む余裕がありませんでした。

その後、9月9日の北海道マラソンではギタヒが優勝、高見澤が2位、11月11日の東日本実業団駅伝では優勝と良い流れできています。


■陸上競技を続け、陸上競技と向き合う中で、
  「自分自身、何が変わったのか」


監督を始めた頃は、若かったので、周りを見る余裕がなくて突っ走っていました。
今では、長年この仕事をやってきましたので、多少、周りが見えるようになりました。

転機は、会社が変わるたびに、訪れました。

会社ごとに、会社の“方針”、陸上部の“歴史”、“文化”が違ってきます。
まずは、会社の意向に沿って、スタンスを作っていきました。
そして、その環境でできることを、会社の期待に応えられるよう、どうすればいいかと考えていきました。

とはいえ、やっていること、やらなきゃいけないことは変わりません。
“目標は優勝。”これはどこにいっても変わりません。私の仕事は、優勝請負業です。

いいものは取り上げて、悪いものは捨てて、勝つにはどうすればいいかを模索しています。
その時々の積み重ねで、新鮮な気持ちでやってきました。
踏みとどまって反省することもあります。それでも、多少は進歩したかなと思います。

今は、会社にも選手にもスタッフにも、いちばん恵まれていると思います。

でも、まだ十分期待に応えられてはいません。
「全日本実業団駅伝」で優勝していません。
「オリンピック」でメダルをとっていません。
「世界選手権」でメダルをとっていません。

年をとってもなお、健康で監督業ができるのは、まだ期待に応えていないからです。
やり残したことがまだあるからです。
2007年12月25日 (火) 
本日、「スポーツナビ」箱根駅伝特集の中で、徳本一善が箱根駅伝の優勝校を予想する記事が掲載されました。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/athletic/ekiden/hakone/84th/topics/200712/at00015788.html
特集URL
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/athletic/ekiden/hakone/84th/index.html

*また、2008.1.3、「第84回箱根駅伝・復路」のリアルタイム解説をいたします。
2007年12月25日 (火) 
ずっと昔、選手として就職しました。その後、陸上の裏方や、会社の仕事をしてきました。海外駐在を経験した後、白水監督のチームで、本格的に専任のマネージャーになりました。


■陸上競技を続け、陸上競技と向き合う中で、
  「自分自身、何が変わったのか」


白水監督のスタイルは、独特です。頂点を目指すその1点が全てです。
勝つために呼ばれているのですから。

陸上は、結果がはっきりと出てくる世界です。がんばっているかどうかということは自分でよく分かります。

選手はよく見ています。見られていると思います。長距離は、気持ちの部分が大きいので、選手の気持ちを大事にしたいと思っています。でも、つい余計なことを言ってしまうこともあります。過去の経験が必ずしも生きるとも限りません。わかったつもりでいても、わかっていなかったと反省することもあります。
そんな時、ジョギングで気分転換します。走るのが好きなのです。

陸上の世界で、他では出来ない経験が次から次へと出来たということは、幸せなことです。 でも、まだ足りないのです。何かが足りないのです。

日清食品がニューイヤー駅伝で優勝できれば、良かったと思えるのかもしれません。

駅伝で勝つためには、厳しい競争の中、みんなが勝ちたいと思うこと、エースが自分を捨ててでも勝ちたいと思うことが必要です。そうじゃないと勝てないと思います。

選手ひとりひとりが自分自身のことを理解し、独り立ちできるチームにしたいです。いい選手が揃っているので、ここでしっかりと勝つことで、次につながるんだと思います。

そして、スタッフも、みんながみんな同じ方向で、同じ所だけ見ていてもだめなんじゃないかと思うのです。常に組み合わせです。熱いスタッフの中で、ちょっと冷めた感じで見ているのが自分なのかもしれません。
2007年12月21日 (金) 
2008年元旦、日清食品創業50周年の記念すべき最初の日に、日本のトップランナー37チーム259名が“駅伝日本一”を目指して熱い戦いを繰り広げる「第52回全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝2008)」が開催されます。

当社陸上競技部は、予選の「第48回東日本実業団対抗駅伝競走大会」で見事2連覇、3度目の優勝を果たし、「ニューイヤー駅伝2008」への切符を手にしました。

出場全チームの紹介は、「ニューイヤー駅伝2008公式ガイドブック」(毎日新聞社)に掲載されています。
(*日清食品関連:p14-15、18-19、22-29)
2007年12月21日 (金) 
● 番 組 名:「第84回東京箱根間往復大学駅伝競走」往路
● 放送日時:2008年1月2日(水)7:30-14:25
● 放 送 局:ラジオ日本
● 番組内容:当社陸上競技部 保科光作がゲスト出演いたします。
2007年12月21日 (金) 
「月刊トレーニングジャーナル 2007年12月号」の連載【トップアスリートの身体感覚】p42~45に、
諏訪利成のインタビューが掲載されました。
2007年12月21日 (金) 
● 番 組 名:「ニューイヤー駅伝2008 第52回全日本実業団駅伝」
● 放送日時:2008年1月1日(火)8:30-14:30(9:05スタート)
● 放 送 局:TBSテレビ系列(全国・生放送)
● 番組内容:13年連続13回目の出場となる上記大会に、当社陸上競技部が出場します。応援よろしくお願いいたします。
2007年12月20日 (木) 
● 番 組 名:「ニューイヤー駅伝ナビ」
● 放送日時:【ミニ枠】12月26日(水) 5:25-5:30、24:14-24:20
         (日時は未定ですが、他地域でも放送される可能性があります)
        【事前枠】12月28日(金) 9:50-10:55
● 放 送 局:TBSテレビ(関東ローカル)
● 番組内容:元旦に開催される「ニューイヤー駅伝2008」に向けての番組の中で、
        当社陸上競技部が紹介されます。
2007年12月17日 (月) 
陸上を始めたのは、小学校の校内マラソン大会からでした。そのために朝早く起き走っていました。校内ではトップでした。

また野球のクラブチームに所属していましたが、今思えば上手くなく、足が速いから自然と陸上がいいと思うようになり、中学は陸上部に入りました。

京都の中では、強い学校でした。2年の時、駅伝の選手選考で外されました。その理由を先生は「普段の練習で決めた」と。最後の調整のタイムトライアルまで競い合っていました。結局、普段の練習から前を走っていた先輩が選ばれました。私は2年という立場もあり、遠慮して練習は後ろで走っていました。悔しくてそれから取り組む姿勢が変わりました。

チームは京都府大会を優勝、外された翌日から、ウォーミングアップから最後のクールダウンまで、全て先頭で走りました。悔しい一心から我武者羅にやりました。
その甲斐合って近畿大会のメンバーに選ばれ、翌年3000mで京都のチャンピオンにもなれました。

中学生ながら勝負の厳しさ、楽しさ、達成感、走ることの醍醐味を感じることができ、そのとき、陸上は心で走るものだと学びました。


■陸上競技を続け、陸上競技と向き合う中で、
  「自分自身、何が変わったのか」


マネージャーをすることで人生が変わりました。

マネージャーを始めたのは、大学2年の時です。大学の監督からやってみないかと誘われたのがきっかけです。最初は御断りしました。自分の時間がなくなるし、また何より走りたかったからです。

高校の三年間は故障で、不完全燃焼で終わりました。何の実績もない私は高校の先生のお陰で有難くも大学に進むことができました。走るチャンスをいただいたと受け止め、高校の時の走りたくても走れない思いがあり、また今までお世話になった方々に恩返しをしたいという気持ちが強かったからです。

大学1年の箱根駅伝が終わってから決心しました。マネージャーの手伝いをやって、重要性、大切さを学びました。「自分が4年になったとき、誰がこの仕事を?」と考え悩んだ末、人のためにやらせていただこうとマネージャーになることを決めました。

しかし4年の主務(マネージャーの長)になるまでの間、走りたいという気持ちがなかなか抑えられなく、時間を見つけては走っていました。

そんな中、ある先生に「君の走りたいという気持ちは、主務をやる上で雑念になる。徹しきれない」と。本当にそうなのかと自問自答「マネージャーの仕事をして、選手の練習も見て、間の時間で走っているのに、どこがいけないのか」と。

結局、自分が走るということは、自己満足の世界。私が走っても、チームの成績には影響しない。マネージャーの仕事とは、自分のことは置いておいて、選手優先でやるもの。走るというのは自分中心のこと。自分中心の考えでは、マネージャー業に徹しきれないと気付かせていただきました。

それから走ることへの考え方、価値観が「人より強くなりたい」と思って走っていたのが、「好きだから走る」に変わりました。今でも、健康ランニングをしています。

今、選手は15人です。100人メンバーがいた大学の頃と労力は変わりません。マネージャー業は大学時代とベースは同じですが、違いは、社会人は責任があるということ。仕事をしたことにより給料を受けとります。それだけ重みがあります。

今、若い世代のスタッフが、先が見えて辞めていきます。でも、私はこの世界で生き抜いていきたいと思っています。

この仕事は、走ることと同じくらい好きです。

白水監督に言われて背筋が凍ったことがあります。「替わりはいくらでもいる。」ぐさりと刺さりました。何か力をつけないといけないと思いました。私はオリンピック選手でもない、実績のある選手でもない。何もありません。
マネージャーは、その気があれば、誰でも3年間で事務的なことができるようになります。それだったら、私でなくてもいいわけです。
どうすれば良いか悩んでいた時、監督から「スカウトをやらないか」と背中を押して下さいました。

将来の夢は、世界で通用するトップアスリートを育てること。まずは、職人肌で、懐が深く大きな白水監督の一挙手一投足を見て聞いて盗みたいと思っています。そして目の前の事象をひとつでも多く吸収して、自分のオリジナルを創っていきたいです。

高校では「人間性=競技力」、大学では「スポーツとは、感性を磨くもの」、現在は「仕事とは、結果を残すこと」と教えをいただきました。
2007年12月 6日 (木) 
人が一生のうち、本気でやれることは限られていると思います。
見つけられれば幸せだと思います。また、それをやれることも幸せだと思います。
自分にとっては、“陸上競技”、“走ること”です。

20年以上も1つのことにモチベーションを持ち続けらたことに、自分が一番驚いています。
自分の頑張りもあると思いますが、影で支えてくれた監督をはじめ周りの仲間がたくさんいたからだと思います。
同じ年代の仲間達は、指導者になったりしているからです・・・
そして不器用だから続けられたのかもしれません。
他に興味があって器用に何でも出来たら、とっくに辞めていたかもしれません。

そんな自分にも様々な壁もありました。
そんな時、考えてもしょうがないので、ただ走り続けてきました。


■陸上競技を続け、陸上競技と向き合う中で、
 学生時代と比較して、「自分自身、何が変わったのか」


学生時代は若かったので、細かいことは気にしていませんでした。考える前に思い切って走って、体を動かしていたと思います。

最近、年齢を重ねる度に、頭で考えすぎてしまって、走ることを難しくしている感じがします。時代も変わり、携帯、パソコンなどで、今は簡単に情報が入ってくるので、考えすぎてしまっているのかもしれません。
今の自分は、もっとシンプルに、勝ちたい、速くなりたいという思いがあればいいと思っています。


■印象的なレースとこれから

印象的なレースは、中学陸上駅伝の東京大会です。
中学2年の時は、バスケをしていた兄といっしょに走り、チームが準優勝しました。
3年の時は、大雨の中、仲のいい仲間と走りました。強い先輩がいなくなり、弱いチームと言われていましたが、準優勝しました。どちらともアンカーを走って、何人か抜いた感覚が気持ち良かったという思いが忘れられません。
また、陸上部だけでなく、いろんな部活仲間といっしょに走れたので、なぜだかとても楽しかったです。これが自分の原点です。
これからも走り続けて、将来は、指導者になり恩返ししたいです。
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